地下鉄286駅をすべて暗記したら、少しだけ東京について詳しくなれた。

東京という街が好き。何となく。

僕は物心ついた頃からずっと東京に住んでいるというだけで、実のところ東京についてあまり詳しくはない。むしろ地方から上京してきた人の方が、能動的に東京を楽しもうとしているためか、東京について色々と知っている気がする。

それでも自分なりに東京が好きだ。好き嫌いがコロコロと変わりやすい僕でも、東京が好きということは変わらなそうな気がする。そして東京という街は、変化を続けながらも、ずっと近くにいてくれると思う。

自分なりに好きでいるということほど自由なことはない。誰にも口出しされることなく、そして誰にも説明する必要はなく、自分の思うそのままのサイズで、そのことを好きでいればいいから。

ここ最近、東京についてもっと詳しく知りたいと思うようになった。

居酒屋によく飲みに行っていた頃は、その日に初めて知り合った人と街の話をよくしていた。意図的にそういう話をしようとしていたわけではないと思う。それでも自然と街の話をする。それくらい街というものは日常から切っても切り離せない存在だ。というかむしろ、街が日常そのものとも言える。

「どの辺に住んでるの?」
「大学はなんていうところ?」
「最寄駅はどこなの?」

そういう話をする度に、もっと街について詳しく知っていれば、より深い世界に潜れるだろうと想像していた。そしてその世界は深海のような暗闇ではなく、雲が開けた一面の青空に無数の虹がかかっている景色のような気がした。

ここ最近はめっきり飲みに出ることがなくなった。世間的な理由もあるし、お金がないという単純な事情もある。頭の中に思い浮かべている街の輪郭が、水分を含み過ぎた墨汁のように灰色に滲んでいく感覚がある。

家の中にいても、もっと街と触れ合いたい。街について知りたい。距離を置いたからこそ、そういう衝動が強く現れた。

どんな道があるのか。どんな木が生えているのか。どんな店があるのか。どんな人が暮らしているのか。

僕は歴史の勉強が嫌いだったけれど、どうすれば歴史のテストで高得点を取れるかという方法論なら分かる。何を勉強するにせよ、まずは全体を俯瞰してみるのがいいと思う。

地下鉄について調べる

街を構成する要素としてそれなりにマクロに、そして等間隔に配置されているものは「駅」だ。JRだと少し数が多いかもしれない。よし、地下鉄について調べてみよう。どうせなら全部の路線を暗記してみよう。まずは頭に入れることから始めてみよう。そう考えた。

とりあえず概要を調べてみる。東京の地下鉄には「都営地下鉄」と「東京メトロ」というものがあるみたいだ。前者は公営で、後者は民営という違いがある。ちなみに地下鉄と呼ばれるものは東京を含めた全国9都市に存在していて、東京以外の8都市は全て公営のものらしい。

僕がこれまでの生活で日常的に利用したことがあるのは、丸ノ内線と副都心線くらいしかない。大学への通学と、渋谷によく飲みに行くところがあるためだ。都営地下鉄と東京メトロ、合わせて13路線あるようなので、まだまだ知らない駅が沢山ある。しかし歴史の勉強と違って楽しそうだ。

「東京 地下鉄 路線図」で検索してみて、最新版らしい路線図表をダウンロードする。おそらく読めない駅名もあると思うので、iPadに取り込んで、ふりがななどを書き込めるようにする。

とりあえず使ったことのある路線、丸ノ内線から始めてみようと思う。それぞれの路線に振られているアルファベット、丸ノ内線には「M」と「Mb」がある。どうやらこれは中野坂上から分岐する荻窪行と方南町行の区別で、小文字のbは英語で支線を意味する「branch line」から取られているらしい。

他の路線にも目を通していくと、聞いたことのある駅名が沢山ある。そうだ、お酒を飲んでいる時に感じていた様々のモヤモヤの実態がこれだ。何回も名前を聞いたことがあるのにどこにあるのかわからない。その時は調べようと思っても話がどんどんと流れてしまい、店を出る時にはすっかり忘れてしまっている。

実際にはまだ暗記をしているだけなので、それぞれの駅の周りに何があるとか、どんな景色が広がっているとかはわからない。それでも大体地図上ではこの辺りなんだと分かるだけでも少し嬉しくなる。

暗記術というようなことについて詳しく書くつもりはないが、僕がやった手順を一応ざっくり書いておく。それぞれの路線を3駅ずつのブロックに区切って、1ブロック覚えたら次のブロックを足して、6駅続けて唱える。たまに確認程度に紙に書いたりもするが、基本的には暗唱のみで済ませる。特別なテクニックはなく、いたってシンプルな方法で覚えた。

暗記しようと思い立ってから2日が経って、すべての路線(計286駅)を覚えることができた。何かを単調に暗記するというのはおそらく、小学生の頃にポケモン(カントー地方)を、中学生の頃に元素周期表を、そして高校生の頃に英単語を覚えた以来だと思う。

覚えようとする間は他にあまり何も考えないようになって、頭がスッキリとして案外楽しかった。まあ覚えたいことを好きに覚えているので当然かもしれない。

半蔵門線は可愛らしい

ただ駅名とその順番を覚えるだけでも学べることがあった。

「暗記しても何の意味もないでしょ」と思うかもしれない。自分でも、周りに東京の地下鉄を丸暗記しようと試みる人がいたら、「え、何の為に?」と内心思ってしまう気がする。

確かにその知識をそのまま使う機会もないし、暗記するコストに見合うリターンは無いかもしれない。でも覚える過程で気づいたことも沢山あった。覚えるという行為は、それだけ相手のことを知ることでもある。

気づいたこと、それらがあまりにも主観的だから、ぜひみなさん自身も地下鉄の路線図とにらめっこして、思い思いの地下鉄を妄想してみてほしいと思う。

それぞれの路線には象徴的なラインカラーが配色されている。ちなみに何年か前に、ユニバーサルデザインの観点から東京メトロのラインカラーが見直されたというニュースがあった気がする。

個人的には半蔵門線の紫が好き。そして半蔵門線は全部で14駅と比較的駅数が少なくて、その物足りない感じも可愛らしい。

駅名で挙げるとするなら、九段下の二枚目感に憧れる。「〇〇前」とか「〇〇上」とかじゃなくて、「下」って。何だよもう、かっこいいかよ。キャプテン翼の主人公、大空翼のような疾走感と清涼感がある。東西線が突き抜けるように走っているというのも寄与しているかもしれない。

もう少し全体的な話をすると、例えば早稲田はここにあって、三田(慶応大)はここにあって、という当たり前の位置関係もこれまではあやふやだったのが、「あ、意外と2つの大学は離れているんだ」と気づいた。

せっかくなので、暗記している中で印象に残っていることをランキングにして紹介しようと思う。まずは3位から。

3位:都営大江戸線にある「落合南長崎」という駅

普通、東西南北のどれかが出てきたら、「落合南」というように終わらせてもいいような気がするのに、そこからまだ続くという途轍もない字余り感。そして東京なのに「長崎」という地名。東京の地下鉄で他のどの駅名にもないアンバランスが好きです。

2位:都営新宿線「西大島・大島・東大島」の綺麗な並び

全13路線の中でも1つの地名でこのように東西で綺麗に挟まれているところは他にありません。新宿線は最初西側から覚え始めていて、西大島の手前は住吉なのですが、暗唱していて住吉に近づくと「キタキタあの大島3連単…!!」と毎度頭の中でワクワクしていました。

1位:都営三田線「西台から西高島平まで」のレベルアップ感

これは覚えていて一番テンションが上がりました。個人的には板橋の辺りには一度も行ったことがないので、三田線の北の方は聞いたことのない駅名が多かったんですが、西台→高島平→新高島平→西高島平の進化してる感は盛り上がりました。小学生の頃にポケモンが好きで覚えたと書きましたが、まさにポケモンの進化のように、レベルアップしている雰囲気があって、しかも西高島平が終点というのが絶妙で素晴らしいです。

家に居ながら街を楽しむ

もうすでに手垢のついた手段かもしれないが、たとえばGoogle Mapsを使って家に居ながら街の風景を楽しむことができる。

しかしそれだけでなく、今回のように文字情報や図表化された路線図だけでも、充分に街を楽しんだり、街について知ることができた。次は東京の「〇〇通り」について調べてみるのも面白そうだなと考えている。

ちなみにここまでの過程で、実物の地下鉄には全く触れていない。東京も梅雨入りしたために湿度の高い日が続いて、家を出るのが億劫になる。

今年の梅雨の時期は、雨が降っていても換気のために電車の窓を開けることが推奨されるらしいが、地下鉄ならそれも関係ないのかあ、などと考えていた。

ぜひみなさんも、深い意味もなく何かを好きになって、何も考えずにそれを覚えてみてください。やってみると普段生活している時間の流れとかが結構どうでもよくなって、案外楽しいですよ。